高知地方裁判所 昭和61年(行ウ)3号 判決 1991年7月08日
高知県中村市東下町四番地
原告
花岡謙介
右訴訟代理人弁護士
土田嘉平
同市新町四丁目四番地
被告
中村税務署長 松井清
右指定代理人
田川直之
藤井正彦
諏訪洋一
川村巌
東信喜
安田鎮夫
西森聖一
横濱輝生
宮武輝夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和六〇年一月二四日付で原告の昭和五七年分及び昭和五八年分の所得税についてした各更正のうち、昭和五七年分について総所得金額二七八万七八〇〇円、昭和五八年分について総所得金額三三四万四〇〇〇円をそれぞれ超える部分及び各過少申告加算税の賦課決定(但し、昭和五七年分については審査裁決によりいずれも一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、高知県中村市内において、大衆酒場「王将」を営んでいるものであるが、別紙第一表(別紙各表は表番号のみで示す。以下同じ。)記載のとおり、昭和五七年分及び昭和五八年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税について確定申告したところ、被告が更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下それぞれ「本件各更正」、「本件各賦課決定」といい、両者を併せて「本件各処分」という。但し、右略称は、昭和五七年分については後記のとおり審査裁決によりいずれも一部取り消された後のもの。)をしたので、被告に異議申立てをしたが棄却され、更に国税不服審判所長に審査請求したところ、昭和五七年分については一部取り消し、昭和五八年分についてはこれを棄却する旨の裁決がなされた。
2 しかし、本件各処分は以下の理由により取り消されるべきである。
(一) 本件各処分に関する税務調査及び推計課税手続には重大な違法があるから、本件各処分も違法である。
(二) 原告の本件各係争年分の総所得金額はそれぞれ確定申告のとおりであり、本件各更正のうち右金額を超える部分は原告の所得を過大に認定した違法があるので、これに伴う本件各賦課決定も違法である。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認め、同2は争う。
三 被告の主張
1 税務調査及び推計課税手続の適法性と推計課税の必要性
被告は、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため、昭和五九年五月一〇日以降再三係官を原告方に臨場させ、原告に対し、本件各係争年分の所得税につき調査を行う旨告知し、原告の確定申告した所得金額の計算についての説明及びその計算の基礎となるべき帳簿書類等の資料の提出を求めたが、これに対し、原告は、昭和五八年分の毎日の売上の合計金額を記載したものであるとしてノート一冊を呈示したほか、同年分の仕入の月別・仕入先別の金額、一般経費の月別・細目別の金額、人件費の月別・受給者別の金額、支払利息の金額及び減価償却費の計算等を記載したものであるとしてメモ書を呈示しただけでそれらの記載事項を正当とする理由の説明を求めたがこれに応じず、また、それらの記載の基礎となった帳簿書類等の資料を提出せず、更に、昭和五七年分の所得金額の計算については何らの資料を提出しないなど調査に協力しなかった。
そこで、被告は、原告が青色申告書の提出について被告の承認を受けていないことから、取引先に反面調査を行い、その結果を基礎として所得税法一五六条に規定する推計の方法により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を計算した。
したがって、税務調査及び推計課税手続は適法であり、推計課税も必要であった。
2 本件各係争年分の総所得金額
(一) 本件各係争年分における原告の売上金額、仕入金額、売上原価、一般経費、特別経費、事業所得(売上金額から売上原価、一般経費及び特別経費の合計額を控除した金額である。)、総所得金額(原告には他に所得がないから右事業所得の金額と同額である。)は、第二表の被告の主張欄記載のとおりであって、本件各更正はいずれも総所得金額の範囲内でなされたものであるから適法であり、これに伴う本件各賦課決定も適法である。
(二) 売上金額は、後記(四)の各売上原価に第七表の類似同業者(業種、業態及び事業規模が原告と類似する青色申告者四件。以下同じ。)の平均的な売上原価率を適用して(昭和五七年分は〇・四三四〇、昭和五八年分は〇・四一七二で除して)算定した。
(三) 仕入金額は、昭和五八年分については、被告が確認した金額であり、その明細は第三表の被告の主張欄記載のとおりである。昭和五七年分については、沢田稔子からの仕入(主として酒類)金額は九〇八万二七五〇円であるが、その他の仕入先からの仕入(主として料理材料及び調味料)金額は実際の金額によって計算することができない。しかし、原告の昭和五七年と昭和五八年の事業内容に特段の変化が認められないので、昭和五七年分の右沢田からの仕入金額に、昭和五八年分の仕入金額の総額二五一〇万五二四五円のうちに占める同年分の同人からの仕入金額一二五〇万八〇四五円の割合四九・八二パーセントを適用し(〇・四九八二で除し)、昭和五七年分の仕入金額の総額を算定した。
(四) 売上原価は、一般には期首棚卸高に仕入金額を加算し、期末棚卸高を控除する方法により算定するのであるが、本件においては右各棚卸高が計算できないこと、原告の営む事業は一般に棚卸高の変動が少ないのが通常と認められることから、期首及び期末の各棚卸高を同額と認め、仕入金額をもって売上原価とした。
(五) 一般経費は、前記(二)の売上金額に第八表の類似同業者の平均的な一般経費率を適用して(昭和五七年分は〇・一五三五、昭和五八年分は〇・一五二を乗じて)算定した。
(六) 特別経費は、第五表の被告の主張欄記載のとおり、給料賃金、借入金利息及び減価償却費の合計額である。
(1) 給料賃金については、昭和五八年分の明細は第六表記載のとおりであり、昭和五七年分については、実額によって算定できないが、原告の昭和五七年と昭和五八年の事業内容に特に変化が認められないので、昭和五七年分の売上金額に、昭和五八年分の売上金額六〇一七万五五六三円に対する同年分の給料賃金七四六万〇一七〇円の割合一二・四パーセントを適用し(〇・一二四を乗じ)、昭和五七年分の給料賃金の金額を算定した。
(2) 借入金利息は、本件各係争年分とも幡多信用金庫本店に対して支払った金額である。
(3) 減価償却費は、本件各係争年分とも店舗に関するものであり、減価償却の計算の基礎となる金額二二五〇万五四〇〇円に耐用年数が二二年であるから償却率〇・〇四六を乗じて算定した。
3 類似同業者の選定の合理性
類似同業者については、原告の事業内容等を基準として次のすべての基準に該当する者を選定した。
(一) 高知県内において、酒場(大衆的設備を設け、主として酒類及び料理をその場で飲食させる事業所をいう。)を営む個人又は法人であること。但し、法人にあっては、事業年度の期間が一年で、かつ、各年の九月末日から翌年の三月末日までに事業年度が終了するものであること。
(二) 次の期間を通じて事業を継続していること。
個人にあっては、昭和五七年一月一日から昭和五八年一二月末日までの期間。法人にあっては、昭和五七年九月末日から昭和五八年三月末日までに終了する事業年度のその開始の日以後同年九月末日から昭和五九年三月末日までに終了する事業年度のその終了の日に至るまでの期間。
(三) 次の各年分又は事業年度を通じ、青色申告書を提出し、かつ、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
個人にあっては、本件各係争年分。法人にあっては、(1)昭和五七年九月末日から昭和五八年三月末日までに終了する事業年度及び(2)同年九月末日から昭和五九年三月末日までに終了する事業年度。
(四) 右(三)の各年分(個人)又は各事業年度(法人)の売上原価の額が次の範囲内のものであること。
昭和五七年分又は右(三)(1)の事業年度が九一一万五五六六円から二七三四万六六九八円まで、昭和五八年分又は右(三)(2)の事業年度が一二五五万二六二三円から三七六五万七八六七円まで。
四 被告の主張に対する認否及び反論
1 被告の主張1の事実は否認する。
(一) 税務調査は任意調査を原則とするものであるから、その調査権を行使するには事前に被調査者に通知し、その都合を聞き、現実に調査に赴いた際には、被調査者にその範囲を具体的に説明して、調査の理由を開示すべきであり、被調査者はこの範囲内で受忍義務を負うというべきである。更に、反面調査は、当該納税者から十分な調査を遂げた上、疑点がどうしても解消しない場合にのみ許されるべきである。しかるに、被告担当職員は、事前に調査を行う旨通知することなく、昭和五九年五月二四日いきなり原告方を来訪し、何ら調査の範囲や理由を告げず、その場に立ち会っていた中村民主商工会の役員や会員に対し、どこの馬の骨かわからない素性の知れない者がいる所では調査ができない旨発言して調査を行わず、同月二五日も右役員の立会いを理由に調査せず、同年七月一〇日に初めて昭和五八年分の申告について調査する旨申し入れ、同年分の収支帳、仕入や経費等の計算書を書き写して帰り、その数日後、原告の提出した昭和五八年分の大口の仕入先に関する領収書は調べたが、小口のものは見もしないで帰ったもので、原告に対して事前に調査を行う旨の通知をせず、調査の理由を具体的に開示しなかった上、反面調査を行う前の原告に対する調査は不十分で違法であるから、これに基づく本件各処分も違法である。また、昭和五七年分については、被告担当職員は、同年分の所得が調査対象である旨の告知をせず、原告に税務資料提出の機会を与えていないから、同年分の更正及び賦課決定は違法である。
(二) 推計課税は、納税者が記帳した帳簿書類等の資料の内容が不正確で信頼できない場合や納税者の非協力的等の事由により実額調査ができない場合に初めて許されるのであるが、原告は、昭和五八年分については、毎月の売上の合計額を記載した大学ノート一冊のほか仕入の月別、細目別の金額、人件費の月別、受給者別の金額、支払利息の金額及び減価償却の計算等を記載した計算書を提出し、更にこれらの仕入、諸経費の領収証類一切を呈示し、しかもこれらは資料としての正確性を保有していたのであるから、被告担当職員は、誠実に調査すれば、原告の所得を把握することが十分可能であったにもかかわらず、いわゆる民商つぶしの意図から、これらの書類の証拠価値を頭ごなしに否定して推計課税に及んだものである上、昭和五七年分については、被告担当職員は、同年分の所得が調査対象であることを原告に告げていないのであるから、推計課税の要件を一切具備していない。したがって、本件各係争年分の推計課税手続の違法性は明白であるし、推計課税の必要性はなかった。
2 同2の事実のうち、原告には事業所得のほかに所得がないこと、第三、五表において被告の主張欄記載の金額が原告の主張欄記載の金額と一致する部分及び第六表記載の金額は認め、その余は争う。
3 同3は争う。
推計方法が合理的であるためには、推計の基礎事実が正確に把握されていることのほか、推計方法のうち、本件具体的事案に最適なものが選ばれること、具体的な推計方法自体ができるだけ真実の所得に近似した数値が算出され得るような客観的なものであることが必要であるが、被告は、類似同業者の抽出基準の合理性につき、形式的な類似性を挙げているだけで、業種・業態の同一性、法人・個人の別の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性に関し、何ら具体的に明らかにしていない上、類似同業者の住所、氏名を秘匿しており、被告の推計方法が本件事案に最適で客観性のあるものか否かが明らかでないから、推計の合理性を欠いている。
五 原告の主張
1 特殊事情
次のとおり、原告には他の同業者より売上原価率が格段に高くなる事情があった。
(一) 原告が事業を営む高知県中村市は、被告の主張する類似同業者の所在する高知市及び高知県南国市と比べて地理的な条件で劣るため、生鮮食品、冷凍食品及び調味料のいずれについても仕入値が高く、原告の売上原価は、高知市内の同業者より一五ないし二〇パーセント高かった。
(二) 原告は、アルコール類につき、キリンビールと司牡丹のみを販売しているところ、キリンビールについては、仕入原価が二四〇円で、売値が三五〇円であるから、原価率が六八・五パーセントとなり、キリン生ビールについては、二五リットル(大ジョッキ〇・六六リットル三七杯分)の仕入原価が一万一〇〇〇円で、大ジョッキの売値が五〇〇円であるから、原価率が五九・四パーセントとなり、司牡丹については、一・八リットル(銚子一二本分)の仕入原価が一一〇〇円で、銚子一本の売値が一八〇円であるから、原価率が五一・〇パーセントとなる。そして、右三種類の酒類の売上比率は、瓶ビール七割、生ビール一・五割、日本酒一・五割であるから、計算式
70×0.685+15×0.594+15×0.510=64.51
により右三種類の平均売上原価率は六四・五パーセントとなる。
(三) 原告は、昭和五六年九月一五日に新規開店し、顧客開拓のためのサービスに務め、他の同業者より廉価で商品を提供しており、他の同業者の売値は平均して原告の売値の一・二三ないし一・四八倍であった。
(四) 大衆酒場では、客がアルコール類を注文すれば、突出しを添えて出す店が多く、突出しは、原価が一五ないし二〇円で、売値が二〇〇ないし二五〇円であるから、突出しの有無によって原価率が大きく違ってくるが、原告は、突出しを出していなかった。
2 実額
(一) 本件各係争年分における原告の売上金額、仕入金額、売上原価、一般経費、特別経費、事業所得(売上金額から売上原価、一般経費及び特別経費の合計額を控除した金額である。)、総所得金額(原告には他に所得がないので事業所得と同額である。)は、第二表の原告の主張欄記載のとおりである。
(二) 仕入金額の明細は第三表の原告主張欄記載のとおりである。
(三) 売上原価は、期首棚卸高に仕入金額を加算し、期末棚卸高を控除した金額であるところ、原告においては期首棚卸高と期末棚卸高は同額であるから、原告の本件各係争年分の売上原価は仕入金額と同額である。
(四) 一般経費の明細は第四表記載のとおりである。原告は、昭和五六年九月一五日の新規開店に伴い、店舗のほかに冷房装置、ダクト、厨房設備等に費用を支出しているから、これらについても減価償却費を算出すべきである。
(五) 特別経費の明細は第五表の原告の主張欄記載のとおりである。
六 原告の主張に対する認否
1 原告の主張1について、(一)の事実のうち、被告主張する類似同業者が高知税務署及び南国税務署の管内に所在していること、(三)の事実のうち、原告が昭和五六年九月一五日に新規開店したことは認め、その余は知らない。仮に原告の主張する個別的営業条件が事実であったとしても、これは推計課税を不合理にするものではない。
2 同2の事実のうち、第三、五表において原告の主張欄記載の金額が被告の主張欄記載の金額と一致する部分及び第六表記載の金額は認め、その余は争う。
第三証拠関係
本件訴訟記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。
理由
一 本件各処分の経緯等
請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件各処分の手続的適法性と推計課税の必要性
いずれも成立に争いのない乙第二号証の一、二、第三ないし五号証、証人岡村守幸及び同川澤次郎(後記認定に反する部分を除く。)の各証言並びに弁論の全趣旨によると、中村税務署国税調査官であった岡村守幸(以下「岡村」という。)は、上司の統括国税調査官から、白色申告者である原告の本件各係争年分の所得税に関する確定申告書の記載内容では所得計算の過程がわからないことなどを理由として、原告の所得について税務調査をするよう指示されたこと、岡村は、昭和五九年五月一〇日、原告方店舗に赴き、同店の経理関係を掌握していた原告の父川澤次郎(以下「川澤」という。)に対し、身分証明書を示した上、本件各係争年分の所得税の調査に赴いた旨告げ、確定申告書の記載内容では不十分であることを説明し、開店の時期、取引銀行、仕入先等について質問したが、多忙であるとして調査に応じてもらえなかったこと、岡村は、連絡を受け、同月二四日原告方店舗に赴いたところ、中村民主商工会の役員ら第三者から調査への立会いを求められ、これを認めると原告の取引先との関係で公務員の守秘義務に違反するおそれがあることなどに配慮し、これを拒否したが、川澤からも右第三者の立会いがなければ調査に応じられない旨告げられ、調査ができず、同月二五日原告方店舗に赴いた際にも、川澤から右同様に調査に応じられないなどと言われて調査できなかったため、仕入先等に対する反面調査を進めたこと、岡村は、同年七月五日、原告方店舗に赴き、原告から現金による仕入や給料賃金の支払状況について概括的な説明を受けたが、川澤からは右第三者の立会いを認めるよう要求され、具体的な金額に関する調査ができなかったこと、岡村は、同月一〇日及び同月一七日、原告方店舗に赴き、川澤から資料の呈示を受け、毎日の売上の合計を記載したノート等を書き写したが、呈示された領収証は全部揃っていなかった上、売上伝票が保存されておらず、現金出納帳の呈示もなかったので、推計課税の方法を採ったことなどが認められる。なお、岡村の税務調査に関する証人川澤の証言中、右認定事実に反する部分は、証人岡村の証言等に照らして信用できない。
ところで、税務調査の手続(推計課税の手続を含む。)に違法があっても、このこと自体から当該調査に基づく課税処分が当然に違法となるわけではないが、その手続の違法性の程度が著しい場合には、推計課税が許されなくなる場合があるというべきである。
そこで、本件についてこれをみると、確かに、岡村は本件税務調査をするために原告方に臨場するに当たって、原告の都合を聞いて出掛けたわけではないが、原告の要望どおり原告方を再度訪れているのであって、特段の非は認められず、昭和五七年分を含めて調査の理由の開示にも欠けるところはない。そして、中村民主商工会の役員や会員の立会いの下での調査は妥当でないとした岡村の判断は必ずしも不当ではないにもかかわらず、原告は岡村からの協力要請を何度も拒んで調査に消極的な態度を示し、更に、原告の提出した帳簿書類は不十分で、その内容の正確性も確認することができなかったのであるから、岡村の調査手続(推計課税の手続を含む。)に違法な点は見出し難い上、原告から提出された右書類等では、原告の所得金額を実額によって把握することができなかったのであるから、本件各係争年分について、推計より所得額を算出するのはやむを得ないことであり、推計課税の必要性に欠けるところはない。
なお、証人岡村の証言によっても、岡村は、中村民主商工会の役員や会員との間で、その立会いを巡って言葉の応酬をしたことが認められ、その際、原告主張のような不穏当な言葉が岡村の口から発せられた可能性がないではない。しかし、このことから直ちに調査に対する原告の非協力的な態度が許容され、あるいは調査手続が違法となり、推計の必要性を欠くに至るものでないことは明らかである。
三 本件各係争年分の原告の総所得金額
1 売上原価
昭和五八年分の原告の仕入金額について、有限会社渡川センター、上田順一及び吉本洋からの仕入金額が第三表の被告の主張欄記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第六ないし九号証によると、沢田稔子、浦田祐輔、安田茂治及びケンショウ株式会社からの仕入金額が第三表の被告の主張欄記載のとおりであることが認められ、以上の仕入金額を合計すると、第二表の被告の主張欄記載のとおりとなる。
昭和五七年分の原告の仕入金額について、前掲の乙第六ないし九号証によると、沢田稔子、浦田祐輔、安田茂治及びケンショウ株式会社からの仕入金額がそれぞれ少なくとも九〇八万二七五〇円、一九三万三三七四円、四二万一九三〇円、五三万八七七一円であることが認められるが、その余の仕入先からの仕入金額が明らかでないため、被告は、前記第二の三2(三)のとおり、沢田稔子からの仕入金額をもとに総仕入金額を一八二三万一一三二円と推計しているところ、昭和五七年度及び昭和五八年度の原告の事業内容には証拠上特段の変化が認められないから、右推計には合理性があるというべきである。なお、沢田稔子、浦田祐輔、安田茂治及びケンショウ株式会社からの仕入金額の合計額をもとに右同様に総仕入金額を推計すると一八七九万八九七一円となるが、必ずしも被告の右推計より合理性があるとはいえない上、後記2のとおり類似同業者の平均的な売上原価率及び一般経費率を適用するに当たって被告の右推計を前提とした方が事業所得が少額となり、納税者である原告に利益であることを考慮すると、被告の右推計を採用するのが相当である。
そして、被告は、前記第二の三2(四)のとおり、仕入金額をもって売上原価としているところ、大衆酒場は客に酒食を提供するものであるので、原告の仕入金額をもってその売上原価とすることには合理性があるということができるから、本件各係争年分の原告の売上原価は、第二表の被告の主張欄記載のとおりとなる。
2 売上金額及び一般経費
(一) 被告は、前記第二の三2(二)及び(四)のとおり、類似同業者の平均的な売上原価率及び一般経費率を適用して、本件各係争年分の原告の売上金額及び一般経費を推計しているので、その合理性について判断する。
原本の存在及び成立に争いのない乙第一〇号証、成立に争いのない乙第一一ないし一六号証並びに弁論の全趣旨によると、被告は、高松国税局長の通達に基づき、推計により原告の所得金額を算出するのに必要な同業者の選定について、高知県下の中村、南国、高知、伊野、須崎及び安芸各税務署長に対し、前記第二の三3(一)ないし(四)の基準に該当する同業者の売上金額、売上原価、一般経費等を記入した同業者調査表の作成、提出を依頼したこと、前記第二の三3(一)の但書のとおり法人の事業年度について限定を付したのは、各年のうちに占める各事業年度の月数が九か月以上であるものに限定することにより、計算期間の類似性を担保するためであったこと、前記第二の三(四)のとおり売上原価の額を限定したのは、被告において確認又は推計計算することのできた本件各係争年分の原告の売上原価の額が第二表の被告の主張欄記載のとおりであったので、同業者のうち売上原価の額が右各金額の五〇パーセントから一五〇パーセントまでの範囲内にあるものに限定することにより、事業規模の類似性を担保するためであったこと、右依頼の結果、高松国税局長に対し、高知税務署長から三件、南国税務署長から一件の同業者調査表が送付されたこと、これらの調査表に基づいて同業者四件の売上原価率及び一般経費率を算定すると、それぞれ第七表及び第八表記載のとおりになることが認められる。これらの事実によると、被告の選定した同業者は、業種、営業規模等において原告と類似しており、被告の採用した同業者選定の基準及び方法には合理性が認められるというべきである上、右同業者四件は、いずれも前記第二の三3(二)及び(三)のとおり、二年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定しているから、右各同業者の売上原価率及び一般経費率の算定根拠となる資料は正確性の高いものであると考えられる。したがって、被告が類似同業者の平均的な売上原価率及び一般経費率を適用して本件各係争年分の原告の売上金額及び一般経費を第二表の被告の主張欄記載のとおり推計していることには、原告に特殊事情、すなわち、右推計を根本的に不当とすべき顕著な事情が認められない限り、合理性があるというべきである。
なお、原告は、被告が類似同業者の住所、氏名を秘匿しており、類似同業者が推計に適したものかどうかが明らかではない旨主張しているが、税務官庁には守秘義務があるため(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)、同業者の住所、氏名を秘匿するのはやむを得ないこと、同業者の選定の適切性等の推計の合理性の判断に当たって、同業者の具体的な営業内容をすべて明らかにする必要はないことなどを考慮すると、原告の右主張を採用することはできない。
(二) 原告は、その特殊事情として前記第二の五1(一)ないし(四)の各事情(地理的条件、アルコール類の種類、経験年数、突出しの有無等)を主張し、推計の合理性を争っている。
しかし、同業者といえども、各業者の営業状態に差異があるのは当然であり、原告の主張する右各事情は、同業者間で通常存在する程度の営業条件の差異にすぎず、平均値を求める過程で捨象されてしまう程度のものにすぎないと考えられる。更に具体的に検討するに、原告方店舗の所在する中村市は、類似同業者の所在する高知市や南国市より地理的条件において劣るとしても、これによって原告と類似同業者の間でどの程度売上原価に差異があるかは本件証拠上明らかでないこと、アルコール類の種類についても、成立に争いのない乙第二二号証によって認められる、類似同業者の提供していたアルコール類の種類等に照らすと、生ビールのジョッキの大きさの違い(甲第一〇号証、証人川澤の証言)を勘案しても、直ちに原告の主張するような売上原価率の差を生じるとは認め難いこと、原告は、昭和五六年九月の開店の際、客に提供する酒食の価格を決めるに当たって、高知市内の同業者の価格を参考にした旨供述している上、甲第四ないし六号証にかんがみても、顧客に提供していた料理の質や量が明らかでなく、原告が顧客へのサービスに努めていたとしても、他の同業者に比べて著しく廉価で酒食を提供していたと認めるに足りる確たる証拠はないこと、突出しの原価率が原告主張のように一般に六ないし一〇パーセントにすぎないかどうかは証拠上必ずしも明らかでない上、証人川澤は、原告方店舗で平成元年四月一日から突出しを提供した結果、売上原価率が四六ないし四七パーセントから三九ないし四〇パーセントまで下がった旨証言しているものの、これを裏付ける客観的な証拠がないこと、前記乙第二二号証によれば、高知税務署管内の三件の類似同業者は突出しを出していないことなどを勘案すると、原告の営業状態が類似同業者の平均より格段に劣るはずであるということはできず、原告には本件推計を根本的に不当とすべき顕著な事情があるとは認められない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
3 特別経費
昭和五七年分の借入金利息及び減価償却費が第五表の被告の主張欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。被告は前記第二の三2(六)(1)のとおり、昭和五七年分の給料賃金について、昭和五八年分における売上金額に対する給料賃金の割合をもとに推計しているところ、昭和五七年度及び昭和五八年度の原告の事業内容には証拠上特段の変化が認められないから、右推計には合理性があるというべきであり、そうすると、昭和五七年分の給料賃金は第五表の被告の主張欄記載のとおりとなる。
昭和五八年分の給料賃金、借入金利息及び減価償却費が第五表の被告の主張欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。
したしがって、本件各係争年分の原告の特別経費は、第二表の被告の主張欄記載のとおりとなる。原告は、第五表の原告の主張欄記載のとおり、本件各係争年分の特別経費として地代家賃があった旨主張しているが、証人川澤の証言によると、原告方店舗の敷地及び建物はいずれも自己所有であったことが認められ、原告が事業の遂行上必要な経費として右主張の地代家賃を支払ったことを認めるに足りる証拠はない。なお、仮に甲第一四号証の二、四ないし六、九、一一、一二の各1、同三の3、同八の2、同一〇の16が昭和五八年分の地代家賃に関する領収証であるとしても、その額は合計六万円にすぎず、本件各処分が適法であるとの後記結論に影響しない。
4 総所得金額
以上の次第で、本件各係争年分の原告の事業所得は第二表被告の主張欄記載のとおりとなり、原告には事業所得のほかに所得がないことは当事者間に争いがないから、本件各係争年分の原告の総所得金額は右事業所得と同額となる。
四 原告の実額主張
原告は、事業所得の実額を主張しているので、これについて判断する。
事業所得は収入金額から必要経費を控除したものであるから(所得税法二七条二項)、事業所得の実額を認定するためには、収入金額と必要経費が明らかでなければならないところ、原告は、実額を証明するための証拠として、甲第一、二号証(収支帳)、甲第一二号証(売掛帳)、甲第一四号証の一ないし一二(領収書)等を提出しているので、これらの正確性について判断する。
証人川澤は、昭和五七年分の収支帳(甲第一号証)は、売上伝票や領収書に基づいて毎日記帳したものである旨証言しているが、右記帳の根拠となった売上伝票や領収書は右記帳後廃棄されており、右記帳の正確性を確認できないこと、売掛帳に記載された売上のうち、右収支帳に記載されていないものがあり、右収支帳が正確に記帳されていたかどうか疑義があること、川澤は、右収支帳の現金残高と現実の残金との照合をしていなかったことなどに照らし、昭和五七年分については、右収支帳の記載から直ちに実額を把握することはできず、他に実額を把握することのできる証拠はない。また、証人川澤は、昭和五八年分の収支帳(甲第二号証)は、売上伝票や領収書に基づいて毎日記帳していた家計簿の記載を、昭和五九年五月ころ転記したものである旨証言しているが、右家計簿は焼却され現存しないこと、その記載の根拠となったと思われる領収書が証拠として提出されているものの、甲第二号証と甲第一四号証の一ないし一二を対比すると、右収支帳に記載された支払額のうち領収書の存在しないものが一年間で六五〇件を超え、金額にして一か月平均一〇〇万円を超えているので、右収支帳の記載の信用性は乏しいこと、右領収書についても現存しないものが相当多数に上ると考えられること、川澤は、右家計簿の現金残高と現実の残金との照合をしていないことなどに照らし、昭和五八年分についても、右収支帳の記載から直ちに実額を把握することはできない。
昭和五八年分につき右家計簿の記載を転記したものとして甲第一一号証の一ないし六が提出されているが、その記載内容のみでは正確性を判断できないし、右家計簿の記載の根拠となった領収書が右のとおり実額を把握する資料としては不完全であるので、右家計簿の記載の信用性も確認できないこと、更に、川澤は、甲第二号証の収支帳に基づいて検算すると違算があったため、甲第一一号証の一に記載された金額を訂正した旨証言しており、これによると、甲第一一号証の一は、右のとおり信用性の乏しい甲第二号証の記載を前提としていること、甲第一一号証の三には人件費として七一四万一〇五〇円と七三七万一〇五〇円の二通りの金額が記載され、同号証の五には給料賃金として甲第二号証と同じ七四六万〇一七〇円という金額が記載され、いずれも確かな根拠に基づいて記載されたとは考え難いこと、甲第一一号証の四の減価償却費については、甲第八号証の一、二、第九号証、第一三号証の一ないし八に照らしても、算定根拠が明らかでないことなどを考慮すると、甲第一一号証の一ないし六の記載の信用性は乏しく、これによって実額を認定することもできない。
その他、甲第三号証(給与帳)の記載の正確性も直ちに肯定し難く、甲第七号証(前記沢田からの仕入に関する通帳)も甚だ不完全なものであるから、収入金額と必要経費のいずれについても正確な資料がなく、結局、原告の事業所得の実額を認定するに足りる証明がないといわなければならない。
五 結論
本件各更正は、本件各係争年分の原告の総所得金額の範囲内でなされたものであり、また、これに付帯する本件各賦課決定について、過少申告につき国税通則法六五条四項の正当な理由があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、本件各処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 溝淵勝 裁判官 佐堅哲生 裁判官 河田充規)
第一表 課税経過表
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第二表 事業所得算定表(単位:円)
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第三表 仕入金額明細表(単位:円)
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第四表 一般経費明細表(単位:円)
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第五表 特別経費明細表(単位:円)
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第六表 給与賃金明細表(昭和58年分)
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第七表 同業者の売上原価率表
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第八表 同業者の一般経費率表
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